吉田英子さん(女性信者Y)殺害事件!?上祐史浩氏も認める!事件化できない内容とは!?【オウム真理教事件】

こんにちは!

気になったら何でも調べちゃう、

知りたがり屋の麻衣(まい)です。

本日7月11日(水)に発売された

週刊新潮に衝撃的な記事が掲載されました。

それはオウム真理教事件に関するものであり、

なんと、未だ表面化されていない

殺害事件があるというものです。

今回、早速週刊新潮を入手したので、

該当記事の感想を述べていきたいと思います。

内容の詳細については、

週刊新潮 2018年 7/19 号を

ぜひお読みください。

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【目次】

  1. 事件の概要
  2. 事件の被害者
  3. 事件の詳細
  4. 御両親はすでに鬼籍に
  5. 事件化することができない理由
  6. 上祐史浩氏の話

事件の概要

出典:https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180710-00545155-shincho-soci

昨年の秋頃、新実智光死刑囚が、

ある余罪について告白。

それは、教団の初期、

ある女性信者が麻原教祖に

首を絞められて殺されていたというもの、

それはこれまで全く表に出ていない事件だった。

上祐氏に話を聞こうと試みるも、

当初は“調べてみます”などと誤魔化すばかり。

ようやく口を開き、女性信者殺害の現場に居合わせたと認めた。

出典:https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180710-00545155-shincho-soci

事件の被害者

本日発売された週刊新潮によると、

上記で新実智光死刑囚が告白し、

上祐氏も認めたという

麻原教祖に殺された女性信者は、

吉田英子さんという方になるそうです。

出典:週刊新潮 2018年7/19号

  • 名前:吉田英子さん
  • 年齢:27歳(当時)
  • 職業:富士山総本部経理担当
  • 住所:大阪府大阪市

1995年当時のオウム真理教信者名簿によると、

吉田さんは1988年に入信し、

翌1989年に出家。

ホーリーネームは

タントラインドラーニだそうです。

教団の本部職員になった後、

1991年に音信不通となったそうです。

入信してから、

わずか3年で音信不通

なってしまったのですね……。

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事件の詳細

1990年か1991年の冬、

吉田さんは教団の資金を横領したという疑いをかけられ、

麻原教祖の部屋に呼び出されたそうです。

週刊新潮の取材によると、その場にいたのは麻原教祖、

新実智光、中川智正、故・村井秀夫幹部、上祐氏、

麻原側近の女性幹部とのこと。

そして、あろうことか

横領の真偽がはっきりしないまま、

麻原教祖の独断で「ポア※」という結論に達し、

その場で吉田さんを殺害するに至ったそうです。

吉田さんの遺体は、護摩壇で焼かれ、

その遺灰は富士五湖の一つである

山梨県の本栖湖に撒かれたということでした。

新実の元アレフ信者の妻も

「同じ話を新実から聞いている」

と話をしているそうです。

これが事実ならば、

人間のやることなのでしょうか……。

私には本当に信じられません。

※オウム真理教関連でよく聞く「ポア」というのは

本来はチベット密教の言葉です。

チベット密教は「転生」を主とした

神秘主義的な解釈がなされる傾向にありますが、

そこに「死ぬ」と言う意味はあっても、

「殺す」という意味は存在していません。

オウム真理教では、これを

「積極的にその魂の持ち主の生命を(実際に)奪っても構わない」

という殺人を正当化する為に利用したものとされています。

【NEXT】親族はすでに鬼籍に…事件化が不可能な理由とは?

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