汚染村ジャマナ(ルーマニア)の場所は?血の湖の他にも猛毒湖が!?独裁者チャウシェスクについても調査!【立入禁止の向こう側!ココから先は人間NG】

こんにちは!

気になったら何でも調べちゃう、

知りたがり屋の麻衣(まい)です♪

6月13日(水)TBSでは

“水トク!「立入禁止の向こう側!ココから先は人間NG」”

が放送されますね。

今回は、日本の最新技術で危険地帯を潜入調査する

というコンセプトだそうです。

工業廃水で一つの村が湖の下に沈んでしまった場所を撮影するそうで、

そして、その湖は真っ赤に染まった「血の湖」と呼ばれているらしいですね。

怖い……!

そこは、ルーマニアにある

ジャマナという村なんだそうです。

一体どこにあるのでしょうか?

予習がてら調べていたところ

気になるものも見てしまったので、

シェアしたいと思います!!

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【目次】

  1. 独裁者チャウシェスクについて
  2. 「チャウシェスクの孤児」
  3. 汚染村ジャマナはどこにあるの?
  4. ジャマナ村の「血の湖」
  5. 「血の湖」の隣には「もう一つ湖」が!?
  6. ジャマナの湖にはなんと〇〇も沈んでいる

独裁者チャウシェスクについて

まずは、このルーマニアにある

ジャマナ村を最恐汚染村にしてしまったという

人物について調べてみました。

ニコラエ・チャウシェスク(1981年)

出典:https://ja.wikipedia.org/

チャウシェスクとは、フルネームで「ニコラエ・チャウシェスク」となり、

1918年1月26日 – 1989年12月25日に生きた、ルーマニアの政治家です。

ルーマニア共産党書記長や

ルーマニア社会主義共和国国家評議会議長を務め、

ルーマニアの初代大統領になった人物ですね。

チャウシェスク政権となったこの時、

国号は「ルーマニア人民共和国」から

「ルーマニア社会主義共和国」と変更になっています。

チャウシェスクは1960年代から80年代にかけて、

なんと24年間にもわたり、ルーマニア共産党政権の頂点に立つ

独裁的権力者として君臨されたとあります。

1960年代後半から70年代にかけては、

国際政治の鍵を握る人物の一人として注目されたそうですが、

1980年代に入ると、強権的な統治や個人崇拝、

国民生活の窮乏に対する内外の批判が高まったそうです。

そして、1989年、いわゆる「東欧革命」の最後を飾る

ルーマニア革命によって権力の座を追われ、

この時、チャウシェスクは処刑されました。

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「チャウシェスクの孤児」

チャウシェスク政権といえば、ルーマニアの人口を増やすため、

人工妊娠中絶を法律で禁止としたことでも有名ですね。

この法律によって、1960年代後半までに

ルーマニアの人口は増加に転じているのですが、

今度は育児放棄によって孤児院に引き取られる子供が

増えるという新たな問題が生じています。

子供を死なせた場合には、

その孤児院の職員の給与が減らされるため、

無理な病気治療のひとつとして、

大人の血液を輸血されエイズに感染する子供が激増、

そしてストリートチルドレン化するなど

ルーマニアの深刻な社会問題となりました。

この当時の政策によって生まれた子供達は

「チャウシェスクの落とし子」もしくは

「チャウシェスクの孤児」と呼ばれているそうです。

現代でもこの問題は続いており、

ルーマニアの首都ブカレストには、

1万人以上のホームレスがいると言われているそうで、

そのほとんどがこのチャウシェスク政策の中で

生まれてきた子供達なんだそうですよ。

ルーマニアのこういった人口に関する問題については、

ネットでもニュースになっていたのですが、

チャウシェスク政権時代の影響による

環境汚染についての詳しい情報は出回っておりませんでした。

恐らく、チャウシェスク政権時代には

急速で過度に重工業化を目指し、

西側からの技術の導入や機械の輸入で

債務を膨張させたという問題もありますので、

この時の無理な開発が

環境問題に影響しているのだと思います。

ネットでも詳しく公開されていない

各国の問題というのはまだまだたくさんあるのでしょうね。

番組の概要では

「(環境が汚染されたのは)かつて独裁者チャウシェスクの強引なある政策が原因」

とありましたので、番組内で詳しく触れられると思います。

【NEXT】汚染村ジャマナの場所と、ジャマナの猛毒湖について

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